犬とあなたと珈琲と。Vol.43 宮澤 久美
宝製菓presents radio café『犬とあなたと珈琲と。』FM83.1MHz レディオ湘南(毎週金曜 16:00~16:29)放送中
湘南の海を見下ろす、小さなコーヒーショップ「TAKARA CAFÉ」。ここで“宝物”の話をすると探し物が見つかるとか?…オーナーは心理士でドッグカウンセラーのしらたゆうこ。店長はカフェオレ色の17歳。愛犬の“うり”。美味しい珈琲を飲みながら、お客様との会話に耳を傾けてみませんか。
今回のお客様は服作り工房『Mトワル』のオーナー宮澤久美さん。宮澤さんはフルオーダーメイドの洋裁師さんです。専門学校を卒業後、アパレル企業を経験しその後独立。そんな中、お母様が難病を患い「洋服を着る大変さ」を目のあたりにします。いつまでも自分で着られるようにとお母様のために自立型介護服を制作。その優れたアイデアと丁寧な技術は開花し、車椅子用のドレスや様々な姿勢や体形、症状の方でも楽しく簡単に着られる服へと進化します。子供の頃の宝物は洋服の端切れとボタンで作ったぬいぐるみ。「母が最後まで諦めず作りなさいと応援してくれ、初めて自分一人で作りあげたものです」。この瞬間一人のデザイナーの物語がはじまります。
―こんにちは、久美さん。楽しみに待っていました。ようこそお越しくださいました。
宮澤久美(以下 宮澤):こんにちは、祐子さん、素敵なお店ですね。あっ、本当に看板犬のうりちゃんがいるんですね。
―そうです。17歳のうりです。久美さんはワンチャン大丈夫ですか?
宮澤:はい。子供のころは海外にいたので番犬としてボクサーやらシェパードを飼っていました。今は怖くて触れないですけど、こんなに可愛い子は大丈夫です。
―良かったです。久美さんは小学生の頃、コスタリカに住んでいらしたんでしたよね。「コスタリカ」って聞くと私の中では、すぐにジャングル・自然・野生動物・平和って浮かんで、とても興味深い国なんですけど、今日は違う話を聞きたいからなぁ…。
宮澤:えー、いつでも話す準備はばっちりです!
目次
さまざまな体形に合わせる
フルオーダーメイド
―久美さんは服作り工房『Mトワル』のオーナーでいらっしゃって、1着を最初から最後まで1人で作るフルオーダーメイドの洋裁師さんでいらっしゃいますよね。色々な体形や姿勢にも合わせてくれるのが久美さんのお洋服作りの特徴ですよね。
宮澤:はい。オーダーメイドや今ある服をリメイクするなどしていて、特にオーバーサイズや障がいのある方、高齢者など既製服が合いにくい方の洋服作りをしています。
―障がいや病気のあるなしに関係なく、既製品が合わないと感じている方は案外多いんじゃないかなと思います。私の歴史になってしまいますが、若い頃は既製服が全く体にフィットしなくて、必ずお直し屋さんに出さなくちゃいけなかったんですね。学生服のスカートもウエストがぶかぶかだったので一周半して巻スカート状態で履いていました。全員が型通りにいくわけではないですよね。
宮澤:ウエストの話で言うと、ウエストが130cmくらいある高校生の男の子の介護パンツの依頼があったこともありましたね。それから、身長が80cmに満たない低身長のお子さんの小学校の入学式用に「ブレザージャケットとワンピースが欲しい」と言われたこともありました(写真上)。身長が80㎝未満だと乳幼児用の服しかなくなってしまうんですね。この方はさらに脊柱側弯症もあったので「どうやったら綺麗な状態で着られるか」とすごく試行錯誤しました。
完成した時にはすごく喜んでくださって、洋服を着る背景にはさまざまなシチュエーションがあって、それぞれの想いがあるんだって改めに知る機会になりました。
着ることに困る。
それに向き合う
―普段は既製品でなんとなく誤魔化せていても、TPOに合った服装をしたいと誰もが思いますものね。「既製品が合わない」という理由以外の方からのオーダーもありますか。
宮澤:身体障がいでなくても、発達障がいや知的障がいの方も“着ること”に困るんですね。例えば、成人式の着物は重すぎて、ずっと着ていられないからワンピースが欲しいとか。すぐに脱いでしまうから上下の繋ぎが欲しいけど、そういうのを探すと高齢者向けばかりだから、若者向けのカジュアルなつなぎを作ってほしいとかがあります。
また、全くの健常者でも高身長だったり、ビックサイズだったり、最近では好きなアーティストのライブTシャツが沢山集まってしまったので「スカートやバッグを作ってほしい」という依頼なんかもあります。
ネット販売の流行で
フリーへ転身
―久美さんは高校を卒業してから文化服装学院に入学されて、そのままファッションの道へ進まれて「寄り道なしのアパレル道」というイメージですが、専門学校を出てからはどうでしたか?
宮澤:卒業後はデザイナーとしてアパレルに就職しましたが、不運にも倒産が続いてしまいました。でも、ちょうどその頃、ネット販売が広がり始めた頃でフリーのデザイナーを募集しているのを見つたんです。それで、デザイナー・パタンナーとして独立して、大手流通系の通販用婦人服のデザイン業務を請け負うようになりました。
―独立して安定的に仕事を請け負う。とてもいい出会いでしたね。
宮澤:はい。大手流通のお仕事はとてもありがたかったです。ただ、そんな中、母が脊髄小脳変性症の指定難病を患ってしまったんです。次第に動きが束縛されてくる病気の進行を目の当たりにしながら、誰にでもおしゃれは絶対に必要だなって思って「一人一人に合った服を作りたい」という思いから、2014年に『Mトワル』を設立したんです。
母親の病気で
着ることの大変さを実感
―お母様のご病気がきっかけだったんですね。お母様を近くで見ていてどのように感じましたか?
宮澤:洋服を「着にくい」という問題ですね。「着る」という動作が運動になっていると気が付きました。考えてみると身体って重いんですよね。腕は4kgくらい、足もその位あるかな。それを麻痺のある体で動かすとなると大変ですよね。でも、いつまでも自分で着られるように、なるべく楽しく、簡単にできるようにしてあげたい。そう思いました。オーダーメイドの必要性って、今そこにあると思うんです。
―確かにその通りですね。例えば、お母様が「楽しく・簡単に着られる服」をイメージした時、どういう工夫が必要だと久美さんは思ったんですか。
宮澤:例えば、ズボンを履くのって大変なんです。両足でしっかり立って、かがんで、両手で上にウエストを引き上げる。この動作がうまく出来ないとお尻に引っかかってしまって、ズボンを持ち上げられないんですね。そこで、ズボンのウエストに持ち手を付けしました。そうすると持ち手を手にひっかけて簡単にあげられるようになりました。それからシャツのボタンが留められないときは、ボタンを大きくしたりもしましたね。
―私も手や指を怪我した時はファスナーを上げたり、ボタンをはめたりするのはとても難しいです。でも、喉元過ぎればで、その時の不便さをすぐに忘れてしまうんですよね。想像力というのは大切ですよね。
宮澤:ところでこの店は『TAKARA CAFÉ』って言うんですよね。タカラとはあの「宝物」の事ですか?
―そうです(笑)。その宝物です。『TAKARA CAFÉ 』は失くした宝物が見つかったり、新しい宝物に出会えたりする。そういう場所になるといいなと思って名付けたんです。
宮澤:失くした宝物見つけたいです!失くしちゃったものが多いです。
―ではでは、もしよかったら、久美さんも宝物の話きかせてください。
原点は
原点は諦めずに作った
ぬいぐるみ
―久美さんの宝物はなんですか。
宮澤:今はもう手元にないんですけど、子供の頃、自分で初めて縫ったぬいぐるみが宝物でしたね、しばらくの間。不細工な犬のぬいぐるみだったと思うんですが、母が「乗りかかった船」という言葉を教えてくれて「最後まで諦めず作りなさい」と応援してくれ、初めて自分一人で作りあげたものです。
―それはいくつ位の時ですか?
宮澤:いくつだろう…1年生か2年生位だったでしょうか。小さくなったデニムのパンツか何か洋服の端切れで作ったダックスフントのような犬だったかな。ボタンの目がまた可愛くなくて、不細工なんですけど、でも手放せなかったですね。
―「洋服とボタン」で作ったっていうのが、すでに久美さんの物語が始まっている気がします。そして「お母様の応援があったから」というのも人生の背景を感じるエピソードですね。
宮澤:そうですね。うちは4人兄弟で、年の近いのが4人いましたので大変だったと思うんですけれども、一人一人の特徴をよく見ていてくれた気がします。もともと私が絵を描いたり、何かを作ったりするのが好きなのを見越していたんですね。なので、迷いなくこの道に進んでいけたのも母のおかげといえますね。
―素敵!羨ましい。そのお母様のために、今度は「楽に着られるお洋服を作ってあげたい」と思ったんですものね。
誰かのために
服を作る喜びを知る
―ファッションに興味を持ったのはそのダックスフント的な犬の後ですか?
宮澤:そうですね。文化服装学院に入学したきっかけは、18歳のとき山本寛斎さんがテレビに出られていて魅せられたのがきっかけです。でも、中学生の頃から服づくりはもう始めていたんですよ。
―どういうものを作っていたんですか。
宮澤:例えば、セーラーカラーのワンピースです。私が“人のために服を作る喜び”を感じた、初めての作品でした。中学2年生の時、養護施設から通っている子がいたんです。多分、私がなにか手作りのものを持っていたんでしょうね。それを見た彼女が「私にも作ってー」と言ったんです。
それで、当時『ジュニアスタイル』という服飾雑誌が流行っていて、そこに掲載されていた型紙を参考に、見様見真似で作ったんです。グレーの生地に襟には白いラインを入れて、日焼けしていた彼女にとってもよく似合っていたのが思い出ですね。
―セーラーカラーすごく流行りましたよね。私も着ていました。それはすごく喜ばれたのではないですか。
宮澤:はい。白い帽子とコーディネートして着てくれて、本当に良く似合っていました。すごく喜んでくれて…今でもよく覚えています。この出来事が「誰かのための服作り」にのめり込むきっかけになったと思います。
これまで撮りためた写真も
大切な宝物
―自分が作ったものを嬉しそうに身につけてくれている姿。直接反応を見られるというのは、どんな職業においても財産・宝物になりますよね。
宮澤:まさにそうです!昔、アパレルで働いていた時は、着る人の顔が見えず「人が喜ぶものを作る」という根本を忘れてしまっていたような気がします。なので、今の仕事のスタイルは本当にラッキーですね。自分がこれまでやってきたことや、作ってきたものを写真に収めているんですけど、それを時々眺めると本当に「あーいいな」って思います。いつまでも変わらなくって、こういった撮りためてきた写真も大きな宝物ですね。
―クラウドを開くとキラキラ輝く。まさしくお宝ですね。今のお話しで思い出しましたが、久美さんも手がけられている、ファッションショーの動画がYouTubeで配信されているんですよね。
宮澤:はい。障がいのある方がモデルとデザインをこなす『みんなでファッションショー』というのを4年前から逗子市の逗子文化プラザで開催しています(写真下)。その時の洋服を作るのにワークショップを開催するんですけど、ワークショップの様子は既にYouTubeで配信されています。本編のショーが来月末頃、公開予定です。
―YouTubeのチャンネル名はなんでしたっけ。
宮澤:『みんなでアート』です。祐子さんもぜひ見てください。
―「みんなでアート」。絶対にこちらもキラキラしていそう。
Original
車椅子用ドレスの進化!
―ショーの最後はウエディングドレスだと聞きました。
宮澤:ショーの最後には3人のウエディングドレスがあるんです。ウエディングドレスに関しては、車椅子専用のドレス工房『W2-Dress』というブランドを立ち上げているんです。『W2-Dress』の「W」は、WheelchairとWeddingの「W」です。今、車椅子や障がいがある方の結婚式もプランニングしていて、レンタルができるように15、6点のドレスも用意しています。
―車椅子専用ドレスのブランドもお持ちなんですね。なんだか幸せな気持ちになります。車椅子ドレスの一番の特長ってどういうところにありますか。
宮澤:短い時間で体に負担なく着られて、でも華やかなボリュームはそのままに。そして座ったままで着られるというところですね。通常のドレスだと裾が車椅子の車輪に引っかかって動けなくなってしまうんですね。このドレスはそういったところをパニエの工夫で、長い裾のシルエットでも自由に動き回れます。動き回れると結婚式の会場にいらしたゲストの方たちとお話しもできますよね。
そして、短い時間で着られると、お話しを楽しむ時間が長くなりますよね。そういった工夫をしています。この工夫は実際にモデルさんにいろいろなイベントで着てもらってトライ&エラーを繰り返しながら制作しています。
―課題をクリアしながらより良いものへと進化していく…。ウエディングドレスは写真で見させていただきましたが、本当に素敵で色使いが特徴的ですよね。鮮やかで。ここで、なにかキラキラした曲、1曲おかけしましょうか。
宮澤:じゃあ、大富豪の麻痺男性と黒人の介助者の友情をテーマにした「最強の二人」っていう大好きな映画があるんですけど、そのテーマソングにもなった曲が聞きたいです。Earth, Wind & Fireの『September』(楽曲はYouTubeにリンクされています)。
毎日見ても飽きない
リアルなアートがほしい!
―今探している宝物はなんですか。
宮澤:リアルな絵画です。毎日見ても飽きないアートを手に入れたいです。このお店の常連さんでもある福室貴雅さん。彼が立ち上げた障がい者アートを世に送り出す『ソーシャルアートラボ』には私も関わっているんです。なので、そこでお気に入りの作品に出会えたら嬉しいなって思っています。
―久美さんの選ぶアート。どんな作品を選ぶのかなんだかワクワクします。今日はお話しを聞かせていただいたお礼にもう一杯いかがでしょうか。
宮澤:ありがとうございます。遠慮なくいただきます。
―今度はコスタリカの話も聞かせてください!ごゆっくりお過ごしくださいませ。
宮澤:気持ちいいので、もう少しノンビリしていきますね。ありがとうございます
МトワルのHPは「こちら」
W2-DressのHPは「こちら」
みんなでアートチャンネルは「こちら」
番組サイト⇒『犬とあなたと珈琲と。』
インタビューと文:白田祐子(しらたゆうこ)
うり店長のInstagramは『こちら』
ル・ブラン湘南のInstagramは『こちら』
白田祐子(しらたゆうこ)
プロフィール:日本心理学会認定心理士。ヒトと犬の心と行動カウンセリングラボ「ル・ブラン湘南」代表/ドッグカウンセラー。
1990年代から犬の行動や心理を独学し、保護施設などでしつけのボランティア活動を開始。現在のパートナーは2005年生まれの雑種の女の子で名前は“うり”。
大学で心理学を専門的に学び、人と犬の関係や犬の心の成長の研究を行い独自のメソッドを確立する。2013年にパーソナルドッグカウンセリングを開始。人と犬のパーソナリティを重視したコーチングは特に多くの女性に支持されている。
里親制度の普及や地域行政と連携した“犬のしつけ”相談業務など、教育、行政、法律と多方面で人と犬の問題に向き合っている。
愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー、ペット災害危機管理士、小動物防災アドバイザー、猫防災アドバイザー他、ペット関連資格多数。湘南ビジョン大学講師。2014年より神奈川県動物愛護推進員。2019年よりFM83.1MHzレディオ湘南に出演中。