電車好き犬Vo.3~世界の車窓から
うりが「見る鉄」だという話は前回しました。
でも、正確には「江ノ電好き」であって、全ての電車が好きという訳ではないようです。
江ノ電へのこだわり
わたしの住む場所には、湘南モノレールと小田急線も走っています。
湘南モノレールは日本初の懸垂式(サフェージュ式)モノレールで、線路に電車がぶら下がって走るスタイル。最寄り駅は「空の駅」と呼ばれていて、地上5階にホームがあるので、わたしたちの散歩コースからは、かなり見上げないと電車は探せません。
一方、小田急線は「地ここで終わり、海はじまる」的な、地面とフラットな終着駅なので、「見る鉄」にふさわしい「適切な距離感」と「腰を据えて眺められる」条件が揃っていますが、なぜかチラ見する程度。
うりが好きな江ノ電は車体が短く、車両編成も2両か4両のどちらかなので、10両や15両編成の小田急線は長過ぎて「ぼやぼやしていたら見過ごしちゃう」という、面白味に欠けるのかもしれません。或いは、速すぎるのがいけないのかもしれない。本当の理由は本人に聞くしか方法はないけれど。
世界の車窓から
うりとは違い「全ての電車が好き」というイヌ友がいます。
フワフワの長毛種の女の子で、彼女もまたお気に入りのビューポイントで江ノ電を待ちます。フワフワの見る鉄Kちゃんは、橋の手前にある踏切が「推しポイント」で、やっぱり、全体が見えるように近寄り過ぎず、そして少しでも長く見ていられるように、絶妙な角度から攻めます。
Kちゃんの自宅は「推しポイント」から、徒歩10分位のところにあります。でも、ときどき、車でやってきます。もちろん江ノ電を見に、運転手付きで。
小回りのきくパステルカラーのフランス車や真っ赤なイタリアのスポーツカー。大きなスウェーデンの車やハイエコロジーな日本車と、世界各国の車でやってくるのです。そして、雨の日は「車窓から」江ノ電を眺める。
雨降りでない日は、「電車、行ったね」とパパが言うと、さっそうと助手席に舞い戻って、まるで恋人同士のように、いそいそと次のデート先へ向かいます。
デートは続くよどこまでも
「じゃあ、次に行こうか」とパパが言う。「次はどこですか?」とわたしが聞くと、「小田急線を見に」との回答。やっぱり、Kちゃんは、生粋の鉄オタ。見る鉄の鉄子さん。
電車巡りについて初めて聞いた時は「えー、どんだけー!」って笑っちゃったけど、電車を目で追うKちゃんを見ていると、パパの気持ちがわかってくる。決して、パパが電車好きだからとか、楽しい勘違いではないってことが。Kちゃんは本当に電車が好き。
カンカンカンと警報音が響くと、Kちゃんの横顔が少しだけ緊張する。踏切が降りる。ゾワッと被毛が波打つ。全集中!緑色の電車が現れる。吠えたり、グルグル廻ったり、狩猟犬がするそれとは違い、その場で静かにいるのに、内側が興奮しているのがわかる。
走りすぎる電車を最後の最後まで緊張感を持って見送る。見送ったあとの急速な弛緩と嬉しそうな笑顔。「すごいね、行ったね!」と、毎日見たって、何度見たって、楽し気に笑う。刺激の少ない家庭犬にとって、この無害な刺激はとても大切だなと思う。
橋の上から川面を見下ろすと3羽の鴨が滑っていく。鴨たちはのんびり優雅に見えるけど、足元はフル活動しているんだよね。さぁ、私たちも帰ろう。足を踏ん張って、歩けることに感謝しながら。
富士山のシルエットが一段と深まる夕暮れ。
またね。また、明日会えるといいね!
文とアイキャッチ・白田祐子