犬とあなたと珈琲と。Vol.57「殺処分ゼロ」スローガンを考える
宝製菓presents radio café『犬とあなたと珈琲と。』FM83.1MHz レディオ湘南(第1.第3土曜 16:00~16:29)放送
湘南の海を見下ろす、小さなコーヒーショップ「TAKARA CAFÉ」。オーナーは心理士でドッグカウンセラーのしらたゆうこ。店長はカフェオレ色の17歳。愛犬の“うり”。美味しい珈琲を飲みながら、お客様との会話に耳を傾けてみませんか。
今回のお客様は常連客のゆきさん(株式会社イヌと暮らす代表取締役)。神奈川県動物愛護センターでは犬は10年、猫は9年連続で「殺処分ゼロ」を更新中です。全国的にもこの10年程で処分数は10分の1まで減っています。一方で「0」にばかり注目した結果、大きな闇もうまれてしまいました。「殺処分ゼロ」=「不幸な動物ゼロ」ではないのです。保護活動をしながらトリミングサロンを経営しているゆきさんとドッグカウンセラーの白田祐子がそれぞれの目線で「殺処分ゼロ」のスローガンと動物の福祉について考えていきます。
祐子 いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。
ゆき こんにちわ、祐子さん。トリミングのお客様のワンコのお届けが終わったので。ちょっと休憩です。
祐子 お疲れ様でした。トリミングサロンはシーズンによる忙しさの違いなどありますか?
ゆき うん、あります。今はですね、ちょっと忙しくって…暖かくなってきて抜け毛犬たちが気になる季節ですね。ポメラニアンとか柴犬とかうりちゃんみたいな茨城犬なんてもうシーズン到来ですよね。うちのお店ではオゾンマイクロバブルで抜け毛ごっそり毛穴抗菌、炭酸水でキューティクル取り戻せコースみたな(笑)洗い上がりは充実感半端ないです。今度またゆっくり最新のトリミング事情きいてください。
祐子 はい。そのトリミングコース、なんだか私がやってみたい感じね。毛穴洗浄とキューティクル復活…
ゆき 特別料金になります(笑)いつものカフェオレくださーい。
目次
殺処分ゼロは
保護団体なしには語れない
ゆき 今日はですね、2022年度も「ゼロ」更新しましたよね。でね、そんな喜びのニュースもある一方で、行き場のない子たちを受け入れていた保護団体が虐待をしていたというニュースが明るみに出たりと。また、モヤっとしていまして、祐子さんとお話しをしたいなって思って来たんです。
祐子 「ゼロ」更新。神奈川県動物愛護センター(写真上)の犬猫の殺処分数ですね。これで犬が10年連続、猫が9年連続で殺処分が「ゼロ」。ただ、センターの管轄には、横浜、川崎、横須賀の3市は含まれていないので、ミスリードしかねない表現には気を付けないといけないところ。
ゆき ミスリードかぁ。センターの管轄に含まれていない所では、まだ殺処分があるっていうこと。それを知るとみんな驚きますよね。
祐子 どうしても神奈川全体が「ゼロ」なんだなって勘違いされやすいですよね。ただ3市を除いても、本当に素晴らしいことだよね。ゆきちゃんのお店も保護犬猫用のシェルター付きで、そういう保護活動をしている個人や団体さんがいるお陰で「ゼロ」が達成できている。保護団体なしには不可能な数字ですよね。
ゆき はい。不可能だと思います。
実際20数年前はセンターから動物を引き出せる団体…「登録団体」って呼ばれますが、それが3団体。そこから、じわじわと譲渡活動が活発になって、10年前、殺処分が「ゼロ」になるまでの頭数をみんなでゴソっと引き出して「ゼロ達成」ができたと聞いています。
その後は「それに続け!」って感じで、登録団体もどんどん増えて、今では50団体を超えています。『心ある人たちと歴史あり』ですね。だから、神奈川県動物愛護センターは今、殺処分のことなど考えず「どうしたら動物の命を救えるか」という考えで行動していて、本当に素晴らしい施設になったと思います。
神奈川県のセンターに
入れたらラッキー?
ゆき 祐子さんもこの前、センターに行っていましたよね。
祐子 あれは動物取扱業の更新で行っていたんですけど、神奈川県のセンターの犬たちはみんな広めの個室でしょ(参考:写真上)。だから、その様子をSNSに投稿するとポジティブな反応が多いよね。この前「この施設に入れる動物と、入れない動物の線引きってなんですか」っていうコメントがあったのね。
収容されている子たちは基本的にその管轄で保護された動物たちになる訳だけど、やっぱり自治体によってセンターの環境は様々だから「神奈川県のセンターに入れる子はラッキー」って思われてしまう。そういう感覚はわかるよね。
ゆき はい。先ほどのお話しに出たミスリードの地区ですよね。そこで飼い主の事情で放棄されたダックスがいたんですけど「センターには出せない」って、保護団体にお願いの連絡があったことがあります。その先を予測したんでしょうね…。でも、全国的にも殺処分数は着実に減っていっていますよね。
祐子 2020年度と2010年度を比較するととても分かりやすくて、2020年度は全国の犬猫の殺処分数は24,000頭。24,000ってとんでもなく多い数字だけど、でも、その10年前はなんと20万頭!わずか10年の間に10分の1まで減った。
ゆき すごいスピード!ということは「保護団体の力」だけにあらずですね?
祐子 うん。どうやらそうみたいですよ。
ゼロ達成の理由
祐子 ゆきちゃんは、他にはどんな理由を思いつく?
ゆき 私はみんなの意識の変化があると思います。例えば「最後まで責任をもって飼う」という飼い主さんの意識。それから、去勢・不妊手術の普及とか、室内飼いが一般的になったことで野良犬も見かけなくなったし、思いがけない出産が減ったとか。これって大きくないですか?
祐子 大きいですよね。そう思います。「終生飼養」「不妊・去勢」「室内飼い」。この3つはとても大切なことだし、じわじわ~と浸透している印象はあるよね。
ゆき はい。でも、それだけではたった10年で10分の1にはならないですよね。全国には人に飼われている子の他に「野犬」と呼ばれる子たちもいるし。
祐子 そう。野犬ね。うりも野犬の子だしね。その「野犬の捕獲」が進んだことも、殺処分数が減ってきた理由って考えられています。日本には「狂犬病予防法」という法律があるから、本来「人に管理されていない犬」はいてはいけない…。だから、犬がウロウロしていたら行政は捕獲して、飼い主が名乗り出てこなければ殺処分せざるを得ない。そうやって、長い時間をかけて野犬そのものが減っていったんだね。
ゆき そうかぁ…その話を聞くと複雑です。今までの殺処分があって今がある。
祐子 うん。犠牲になってきた命の上に「ゼロ」がある。
10年前に
なにが起きたのか
祐子 それから、ここ10年の短いスパンでみると「法改正」もありますよね。2013年の法改正で地方自治体はペットショップや繁殖業者からの引き取りを拒否できるようになりました。この数字は相当大きいよね。
ゆき そう思います。繁殖業者からの「引取り拒否」が始まった法改正当時のことはよく覚えています。
祐子 それまでのセンターには、ペットショップに並んでいるような犬たちがズラーッといたものね
ゆき はい。純血種が同じ檻に何匹も入っていたり。
祐子 今考えると「売れ残り」とか、「流通から外れた犬猫」を行政施設が引取っていたという事実が信じられないんだけど、でも、行政が窓口になっていたからこそ「闇に葬られる命」は少なかったように思うし、数字が管理・公表されていたから、私たちの目にも留まったんじゃないかな。
ゆき 殺処分数があまりにひどい数字だったから、『殺処分ゼロ』の運動が起きましたよね。
祐子 それが、殺処分数が減った最も大きな理由じゃないかな
ゆき あーっ。
祐子 反対運動の民意が高まって、その結果、行政の対応に変化が生まれと聞いています。実際、行政施設はできるだけ「新しい飼い主に譲渡しよう」「命を繋いであげよう」という流れに変わってきた。
ゆき はい。民意が行政を大きく変えたんですね。なんだか嬉しいですね。
殺処分ゼロは
誰に向けたものなのか
ゆき 『殺処分ゼロ』のスローガン。今では誰でも知っていて、とても分かり合えるワードでみんなの心を惹きつけましたよね。
祐子 人の心に届きやすいし、毎年結果が数字で出るから、忘れられることもないですよね。究極のフレーズだと思います。だから、すぐに政治家も使い始めたよね。でもね「殺処分を減らす事、失くすこと」は、もちろんいいことだけど、このスローガンって誰に向けたものなのか。そこがとっても気になるんです。私のモヤモヤゾーンに入ってくる。誰が何をすると達成できるのか。
ゆき 単純に考えると『殺処分ゼロ』を達成するには、センターが処分しなければいいわけですよね。
祐子 そう。でも、そもそも犬猫の殺処分をせざるを得ないのって、保健所とかセンターとか行政施設のせい?
ゆき いやいや、違いますね。せざるを得ないのは収容される犬猫たちが後を絶たないからです。
祐子:うん。犬猫の事情は地域によって様々で、まだまだ持ち込みや捕獲の多い地域で「どうしてうちはゼロじゃないんだ!処分するな!」って迫られたら、どうしましょう。
ゆき 「ゼロ」にしようとしたら、施設の中が増えすぎて大変なことになってしまいますね。
祐子 殺処分も譲渡もできずに、収容能力の限界を超えて、大部屋に犬がギシギシの行政施設も出てしたよね。それから、あまりいい噂は聞かないけれど、どんどん犬猫を引き出してくれる保護団体に頼るしかないとか。そういう「殺処分ゼロ」のスローガンが生んだジレンマっていうのかな…。
ゆき スローガンが生んだジレンマか…。一時期、ペットショップやブリーダーが売れ残りを大量に遺棄したっていう衝撃的な事件もありましたが、それも「殺処分ゼロ」という言葉がでてきて、引取り拒否をするようになった頃でした。
「無責任な飼い主ゼロ」
を目指して
祐子 捨てる、劣悪な環境で飼い続ける、それから高額で引取る保護団体や「引取り屋」という新しい商売も生まれてしまいした。
ゆき 「もう飼えない」とか「引き取ってほしい」という需要があるから、新しい仕事が生まれる。でもそこでの暮らしは当然いいものではないというのは目に見えていますよね。
祐子 うん。そうね…。「ゼロ」はあくまでも行政施設内の話だから、カウントされずに消える命も沢山ある。あっちから、こっちに移っただけで実際は「不幸な動物」はそれほど減ってはいない。そういう事実に目を向けると悲しいし、腹も立つけど、みんながもっと見ていかなくてはいけない現実ですよね。
ゆき はい。問題山積みですね。耳馴染みがよくて全員一致で納得していたと思われてきた、このスローガンはそのままでいいんでしょうか。
祐子 これからは、特に神奈川県動物愛護センターの管轄では、もう一つステップアップして『無責任な飼い主ゼロ』というスローガンで一丸になれるといいなーと思うけど、どうかな?
ゆき それすごくいいです。「殺処分ゼロ」は他人任せだけど「無責任な飼い主ゼロ」は、自分事として受け止められますよね。飼っていない人にはお手本になるし、飼っている人は「自分も気をつけなくちゃ」ってなる。
祐子 「自分事」大切!
虐待かどうかは
動物の福祉を指標に考える
ゆき 最初の話に戻りますけど、動物虐待で起訴された保護団体。環境の悪さや暴力などを理由に起訴された訳だけれど。起訴されるまでに本当に長い時間がかかったと聞いています。確かに「虐待」って言っても定義って難しいですよね。大声で怒鳴るとか「オラオラ」とかはどうなのか。暴力も「しつけの一環だ」って言われると納得する人もいて、難しいですよね。
祐子 うん、確かに。私は心理士ですが人間の場合は本当に難しいところですよね。でも、動物の場合、個人の感情とか捉え方ではなくて、誰もが客観的に見て「苦痛」であるかどうか。それを判断する「動物の福祉」という考え方が一つの指標になるし大切かなと思います。
ゆき 個人の感情だと「可哀想」と思う人と、そうは思わない人がいますもんね。「動物の福祉」ってどういう指標があるんですか。
祐子 これは1960年代にイギリスで生まれて、内容は「5つの自由」。
・飢えと渇きからの自由
・不快からの自由
・痛みや病気からの自由
・恐怖や抑圧からの自由
・正常な行動を表現する自由
簡単にまとめちゃうと、それぞれの動物がその特性を表現できる快適で自由な環境の中で、安心して過ごせるよう不安感や恐怖感やストレスを与えないこと。
ゆき うんうん。
祐子 「動物の福祉」の優れているところは、どれも科学的に証明できるところなのね。たとえば、動物の苦痛は心拍数や血中のストレスホルモンの値などから測定することができるから「オラオラ」がどこまで許されるかも、動物のストレスホルモン値で計測すればわかるそう。
ゆき そうかあ。科学的に立証できるということは揺るぎなく平等ですよね。「誰かに愛されている子」も「そうでない子」も自由は平等であるべきです。
祐子 あー、さすがいいコトを言う!
音楽:Alicia Keys 『 If I Ain’t Got You』(楽曲はYouTubeにリンクされています)
殺処分の本当の原因を
一緒に考えていきたい
祐子 私のモヤモヤは「動物の福祉」を脇に置いて「ゼロ」を達成した!って、手放しに喜んでいいのか…。『殺処分ゼロ』のスローガンはインパクトがあるからこそ、それが魔法の言葉のように「正義」であり、「幸福の証」であり、「ゴール」であるって思われがちだと思うんです。
でも、本当は不完全だよね。殺処分のもともとの問題はどこにあるのか。蛇口を閉めずに出口だけ注目して、そこを叩いても、うまくはいなくて「蛇口はどこにあるのか」。それをみんなで一緒に考えることができれば、犬に優しい諸外国に追いつくことができるはずって、私は信じていて、だから、微力ながら「無責任な飼い主ゼロ」を目指して活動をしたり、現場の一線で活躍している保護団体さんや個人さんのお手伝いができればと応援させてもらっている。
ゆき さすが素晴らしい!もっと声を大にして(笑)
祐子 大きな声を出せるようにしなくちゃね…今日もディープになっちゃったね。
ゆき 今日はすごかったですね。ゆうこさんの話でまた好きな話が増えました。で、今日もモヤっとしたことがひとつ取れました(笑)ありがとうございました。
祐子 本当?少しでも役立てれば嬉しいです。今日はまだ大丈夫?
ゆき はい、もう少しゆっくりしていきます。
祐子 じゃあ、ワンコ談義のお礼にもう1杯どうぞ。
ゆき ありがとうございます。
番組サイト⇒『犬とあなたと珈琲と。』
放送構成と文:白田祐子(しらたゆうこ)
うり店長のInstagramは『こちら』
ル・ブラン湘南のInstagramは『こちら』
白田祐子(しらたゆうこ)
プロフィール:日本心理学会認定心理士。ヒトと犬の心と行動カウンセリングラボ「ル・ブラン湘南」代表/ドッグカウンセラー。
1990年代から犬の行動や心理を独学し、保護施設などでしつけのボランティア活動を開始。現在のパートナーは2005年生まれの雑種の女の子で名前は“うり”。大学で心理学を専門的に学び、人と犬の関係や犬の心の成長の研究を行い独自のメソッドを確立する。2013年にパーソナルドッグカウンセリングを開始。人と犬のパーソナリティを重視したコーチングは特に多くの女性に支持されている。
里親制度の普及や地域行政と連携した“犬のしつけ”相談業務など、教育、行政、法律と多方面で人と犬の問題に向き合っている。愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー、ペット災害危機管理士、小動物防災アドバイザー、猫防災アドバイザー他、ペット関連資格多数。湘南ビジョン大学講師。2014年より神奈川県動物愛護推進員。2019年よりFM83.1MHzレディオ湘南に出演中。