犬とあなたと珈琲と。Vol.22 亀井 利生
宝製菓presents radio café『犬とあなたと珈琲と。』FM83.1MHz レディオ湘南(毎週金曜 16:00~16:29)放送中
湘南の海を見下ろす、小さなコーヒーショップ「TAKARA CAFÉ」。ここで“宝物”の話をすると探し物が見つかるとか?…オーナーは心理士でドッグカウンセラーのしらたゆうこ。店長はカフェオレ色の愛犬“うり”。美味しい珈琲を飲みながら、お客様との会話に耳を傾けてみませんか。
今回のお客様は『江ノ電エリアサービス株式会社』元代表取締役社長の亀井利生さん。今年3月に42年間の勤務を終え、今は「何かをしよう」と決めることなく、その日その日を楽しく“のほほ~ん”と過ごしているそう。江ノ電の歴史や思い出を「入社した時は赤字だった」と経理目線で語る亀井さん。今や大人気の江ノ電も昔は『ぼろ電』と呼ばれていたことも。「線路も駅舎も古き良き面影を残していってほしい。そのためには、会社や仕事も助け合いながら横に繋がりながらやることが大切」。宝物は「人と時間」そして「健康」。やっとゆっくり人生を振り返る時間が訪れました。
――こんにちは!亀井さん。ようこそお越しくださいました。
亀井利生さん(以下 亀井):ちょっと通ったので寄ってみました。
――ありがとうございます。いつ来ていただけるのかなぁってお待ちしておりました(笑)
亀井:うん。すぐに来ようかと思っていたんだけどね。まぁ、なかなか都合が合わなくて…。店長のうりちゃんも元気そうで。
――ありがとうございます。以前は私が散歩している時、時々お会いすることありましたけど…
亀井:そうですね。なかなかね、そっちの方に足向かないから。
――毎日どのように過ごされていますか?
亀井:うん。毎日だいたい”のほほん”としていますね(笑)
目次
最大の入社理由は
就職協定?
――亀井さんは、江ノ島電鉄さんにお勤めになって42年。今年3月に引退したばかりですよね。お疲れ様でした。
亀井:ありがとうございます。まあ、長かったような短かったような。振り返ると「そんなに経ったかな」という気もしますね。
――亀井さんと知り合ったのは10年以上前でしょうか。少ししてから、江ノ電商事さんの社長さん(今は江ノ電エリアサービスですね)になられました。色々な部署を経験されたと思いますが経理や総務の時代が長かったですか。
亀井:そうですね。昭和の終わりから経理に入ってずっと十何年経理にいましたね。
――江ノ電さんに入社したきっかけって、聞いたことがなかったです。
亀井:そういえばそうだね。本当のこと言うと夢がないかもしれないんだけど…就職協定なんですよね。
――就職協定?
亀井:そう。本来の期間が始まる前に“青田買い”で、色んな会社がやっていたと思うんですけど、それを全然知らなくて、大学4年の夏休みが開けて学校にいったら、みんな就職決まっていて「えー!」って。それで慌てて調べてみたら就職協定を守っていたのが市役所と江ノ電しかなかったのね。「じゃあ、とにかく江ノ電に…」ってことで応募したら採用されたんです。
――そうなんですね!特に電車が好きというわけではなかったんですか!
亀井:特に電車が好きって訳ではなかったですね。両親も居たし、長男だったからね。
――「地元の企業に」って感じだったんですね。
亀井:そうですね。なるべく近くにいた方がいいのかなって。そういう感じがしましたね。
電車はやめる。
線路を剥がせ!の危機
―――江ノ電さんは地元企業でナンバー1ですよね。そう言うと、いつも「なんで?他にも企業あるじゃない」って仰いますが、とにかく私とうり店長は江ノ電が大好きなので、江ノ電さんにお勤めと聞くと「いいなー」って思うんです。でも、亀井さんが就職された42年前は今とはずいぶん状況は違ったそうですね。
亀井:そうですね。当時の江ノ電は債務超過会社だったんですね。周囲からも「大丈夫か」って心配されました。だけど「何とかなる」って。実際、のんびりしている方ですから。
――本当にその想いの通り、今年で120周年ですよね。亀井さんのお話しは経理目線なので、いつも「昔は赤字だった」というところから始まります。
亀井:実際にね、今の『ODAKYU湘南GATE』、これは元々は『江ノ電百貨店』で、昭和49年から50年位に建てられたんですけど、ビルを建てているうちにオイルショックになって、ビルの完成も半年から1年遅くなってるんですよ。それで借金が膨らんで、江ノ電自体、債務超過会社になってしまった。
それで「線路を剥いで電車はやめてバスだけにしよう!」っていう話もあったし、借金を返すのは、持っていた土地を売ったりしてやり繰りしていた。だから、実際は中身はともなっていなくて不良債権の山だったんですよ。自分が入社したのがそれから少し経った昭和55年だから将来的には、まぁ明るいとは言えないですよね。
――線路を剥がして電車をやめるなんて!それは本当に困ったときの極論だったと思います。だって電車があっての江ノ電ですものね。
亀井:そうだったんですけど、まぁその当時はバスの方がある程度は小回りできたし、良かったんでしょうね。ただ、電車が良くなっていった…江ノ電の知名度等があがっていったんです。それがテレビドラマ。これで江ノ電の人気も上昇したんだよね。
江ノ電ブームと
駅長経験
――テレビドラマですか。
亀井:まず昭和51年から52年に放送された『俺たちの朝』知ってますか?
――『俺たちの朝』…。リアル放送だったのか、再放送だったのかは覚えていませんが、観ていた記憶があります。ただ、似たようなタイトルが多くて、果たしてそれが本当にそうだったのかは曖昧です。
亀井:その当時、結構やっていましたからね。昭和46年から47年にかけて『おれは男だ!』って森田健作主演のドラマ。これが鎌倉高校前を舞台に放送されて、江ノ電が劇の中に取り上げられたんですね。そのあとに勝野洋の『俺たちの朝』。これは極楽寺が舞台で駅自体がブームになった。昭和54年には大河ドラマ『草燃える』で郷ひろみが実朝役をやったことで、鎌倉が人気スポットになったりとか、マスコミの力は大きかったよね。
――今よりも昔の方が圧倒的にドラマの影響は大きかったんでしょうね。
亀井:自分は入社してから最初の4か月、これは研修期間だったんだけど、極楽寺の駅にもいたんですね。極楽寺の駅って言うのは、出札・改札1人でやるから電車が着くと忙しいんだけど、若い女性のお客様なんかに「写真撮ってくださ~い」とか随分言われたんですよね。
――いい思い出じゃないですか。人気駅長とかにはならなかったんですか?
亀井:まぁそこまで顏も良くないから、無理だったんじゃないですか(笑)
亀井:ところで、こっちから質問なんだけど。なんで『TAKARA CAFÉ』って名前にしたの?コンセプトとかあるんですか。
――TAKARA CAFÉの宝はそのまま「宝物」のことです。宝物って言葉はあまり大人になると使わなくなるような気がするんですけど、誰にでも必ず大切にしているモノやコトってあると思うんです。だから、ここで宝物の話をしたら「そういえば自分の宝物ってあれだったな」って、少し懐かしい気持ちになったり、今はこれを大切にしていきたいなって目標が明確になったり、のんびりしながらもスッキリする、そんな場所になるといいなと思ったんです。
亀井:いい名前ですね。
――ありがとうございます。もしよかったら亀井さんも宝物の話きかせてください。
今大切なのは
人と時間
――亀井さんの宝物はなんですか。
亀井:改めて考えたことなかったけど、今の宝物は「人と時間」かな。ずっと働いて来てやっと気楽にやりたいことができる時間ができたんだよね。自分は子供の頃から結構、まぁさっきも言ったけど、のほほんと生きてきたし、前に出る性格でもない。それでも、他の人が偉くなれば「自分も偉くなりたい」って思うよね。でも、今はそういう事もなくなって、時間を自由に使って気楽にやっていられるんだよね。
――具体的にやりたい事はあったんですか。
亀井:これもね、特にないね。これからも「何々をやろう」って決めないで、楽しけりゃそれでいい。それでも、今やっているのは、一人でドライブしたり近所をブラブラしたり。あと、ずっと腰越という地元で生まれ育ってきたので、地元の友達も遊んでくれるでしょ。高校や大学時代の友達に会いに行ったり、月に何度か誰かと会っていたらそれなりの回数になって楽しいですよね。
――一人の時間、そして友達との時間。最近はお友達の話もよくされていますよね。印象的なのは東京駅の新ドームのステンドグラスを作った葉山にアトリエのあるお友達の話。
亀井:高校の時の同級生なんだけど『ガラス工房デュー』って葉山に工房を持っている友達。岩﨑勇人。こいつには、自分が今年3月に退職したときに記念品として、江ノ電のペーパーウェイトを作ってもらったんですよね。それは当然、江ノ電に肖像権の承認をもらって。写真見せたよね。
――はい。とっても素敵でした。
これからも「ぼろ電」の
面影を残してほしい
――やっぱりビジュアル的にも江ノ電の300形。レトロで見るからにノンビリしていて可愛いですよね。未だに切符切りとかが似合いそうな電車で、古い雰囲気大好きです。
亀井:やっぱりそう思いますか?自動改札になって、ふれあいのない時代になったよね。本当ならどこか一カ所でも切符切ってもいいんじゃないかなと思うんだけど。でも、そうすると乗降の統計がとれなくなっちゃうんですよね。こういう現実的な問題が起きてしまう。江ノ電は昔「ぼろ電」って呼ばれていて、でもそれでよくて、安全対策だけはしっかりやっていれば目新しくする必要はない。昔ながらでいいって自分は思っているんですよ。
そりゃ、鉄道担当にしてみれば、少しでも良くしたいって思うのはわかるけど、駅なら駅・鉄道なら鉄道って縦割りにするから全体の以前の雰囲気はなくなってしまっているんじゃないかって思うんですよ。ボロボロで、けが人が出るのはダメだけども、せめて昔の面影を残しながら進めていってほしいって思いますよね。
スピード優先時代の
癒しの存在として
亀井:さっき、ドラマの影響って話をしたけど、昭和50年代からその前後の頃って「企業戦士」って言う、モーレツ社員の時代だったんだよね。
――「企業戦士」のモーレツ社員の時代。
亀井:そう。自らの身や家庭も顧みず会社や上司のために働く。そういう働き方で電車もどんどんスピードをあげていった。でも、江ノ電は単線で12分間隔でしか走ることができなかったから、それ以上スピードを速めることができないわけ。陸橋があったり、海があったり、みんなちょっと疲れて、どこかに癒しを求めたい。そういう癒しの存在として時代にマッチしたんだと思うんだよね。
――スピードを求める時代だからこそ、逆に癒しを求める時代でもあった。
亀井:そう。今も、これからも「ぼろ電」の面影を残してほしい。そのためには「電車・バス・観光」、これを会社としては一つに考えなくちゃいけなくて、みんなも頭の中ではそう描いているのかもしれないけれども、担当になると個々の考え方になってきちゃうよね。自分はずっと地元の人達も含めて頼りながら、頼られながらやってきたと思ってるんだ。会社も仕事も助け合いながら、横に繋がりながらやることで、古き良き面影を残しながら続けていくことができるんじゃないかなって思ってるね。
――いざという時には頼り、頼られる関係を築いておく。人生の先輩からの言葉、深く身に染みます…。さて、ここで一息、何かお好きな曲をおかけしましょうか。
亀井:うーんそうだね…それじゃ、淡い思い出の曲なんだけど、野口五郎の『愛さずにいられない』をかけてもらえますか(楽曲はYouTubeにリンクされています)。
――『TAKARA CAFÉ』では珍しい選曲です。
これからも助けられながら
人生を歩む
――今探している宝物はありますか。
亀井:これは健康ですね。今から6年前くらい、江ノ電商事の時代かなぁ、ちょっと病気になりましてね。あの時は本当に辛かったんですよ。その当時は、まだある程度まだバリバリ仕事をしていた時代なんだけど、自分も辛かったし、みんなに迷惑をかけているんじゃないかって、上役に「もうやめたい」と言ったことがあるんです。その時、「もうちょっと勤めていい。勤めてくれよ」みたいな言い方だったのかな、そうやって言われてね、本当に自分は色々な人に助けられながら人生を歩んできたなんだなって。今、ゆっくりと振り返る自由な時間を得て、そんなことを考えています。
――本当にこれまでお疲れ様でした。共通の友人たちとの飲み会はすっかりご無沙汰していますが、またご近所ランチでの近況報告を楽しみにしています。『TAKARA CAFÉ』にも遊びにきてください。今日は楽しいお話しを聞かせていただいたお礼に、もう一杯いかがでしょうか。
亀井:ありがとう。いただきます。
――ごゆっくりお過ごしくださいませ。
亀井:ありがとう。もう少しゆっくりさせてもらいます。
番組サイト⇒『犬とあなたと珈琲と。』
インタビューと文:白田祐子(しらたゆうこ)
うり店長のInstagramは『こちら』
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白田祐子(しらたゆうこ)
プロフィール:日本心理学会認定心理士。ヒトと犬の心と行動カウンセリングラボ「ル・ブラン湘南」代表/ドッグカウンセラー。
1990年代から犬の行動や心理を独学し、保護施設などでしつけのボランティア活動を開始。現在のパートナーは2005年生まれの雑種の女の子で名前は“うり”。大学で心理学を専門的に学び、人と犬の関係や犬の心の成長の研究を行い独自のメソッドを確立する。2013年にパーソナルドッグカウンセリングを開始。人と犬のパーソナリティを重視したコーチングは特に多くの女性に支持されている。
里親制度の普及や地域行政と連携した“犬のしつけ”相談業務など、教育、行政、法律と多方面で人と犬の問題に向き合っている。愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー、ペット災害危機管理士、小動物防災アドバイザー、猫防災アドバイザー他、ペット関連資格多数。2014年より神奈川県動物愛護推進員、湘南ビジョン大学講師。2019年よりFM83.1Mhzレディオ湘南にレギュラー出演中。