犬を甘えさせて育てる技術・犬の社会化#2
前回、犬は成長するなかで抱える、漠然とした不安は次第に具体的な不安へと変わっていき、この不安の変化が訪れた時、犬への接し方も変えていかないと、人から見ると「困った行動」や「問題行動」が起こりはじめる可能性が高くなるとお話ししました。
今回は、なぜ、犬の不安の変化に気付かず、それまでと同じ「甘え」と「安心感」を与えているだけだと、困った行動に繋がってしまうのか、そして、どのように対応するとよいのかを考えます。
成長で変わる安心感
成長によって不安の質が変わると、犬がその時々で必要とする安心感も異なってきます。
たとえば、母犬に舐めてもらったり、人に撫でてもらうなど、身体接触で安心感を与えてもらうだけではなく、「課題解決の術を教えてほしい」「チャレンジするときに見守っていてほしい」など、具体的な不安と向き合うようになっていきます。
犬の世界では、母犬や周囲の犬のやり方を真似するなどして課題の解決方法を学び、“不安を払拭”していきます。
そのことを理解していないと、依存の世界(前回の記事を参照→こちら)に戻ってきたときに「この子はとてもビビリ」「臆病なので心配」など、つい“身の安全を守ること”だけに気をとられてしまい、新しい世界に向かうサポートのチャンスを逃してしまいます。
さらに、犬自身も求めていたものとは違う反応が返ってくることで、「理解してもらえない」と感じ、あなたに対して不満や不信感を抱くようになる怖れもあるのです。
どんなに「新たな世界へ!」という意欲があっても、人との協力関係を築けなければ、犬の持つエネルギーは空回りしてしまい、時にそれが、私たちには困った行動に映ってしまうのです。
不安になって振り向いたときに、そこにはちゃんと守ってくれる人がいて「大丈夫だよ」と“うなずき見守って”くれている。そういう関係こそが、犬たちが本来求めている「甘えの形」なのではないでしょうか
ワン!ポイントアドバイス
◎甘やかす
よくないこと。過干渉や過保護など、犬の束縛や支配に繋がる恐れがある。
例えば、「もっと食べたい」など、必要以上の物質的な要求をそのまま受け入る、経験を積むと出来るようになることをさせず、保護のみをするなど。
◎甘えさせる
必要なこと。犬のペースを尊重し、情緒的な要求を受け入れること。
どうしても上手くできないことの手助けや、我慢できないことを取り除いてあげるなど。
「甘えさせる」と「甘やかす」は区別の難しいことも多いと思います。
犬の成長過程の行動を「この子はこうだ」と私たちが早合点して決めつけ、心の成長や社会化のチャンスを止めないように気を付けたいですね。
甘えと性格の関係
安心感に満たされ、自信を身につけた犬の行動を見ていると、他の犬の行動や感情を落ち着いて観察し、判断することができるので、“状況に合わせた行動”をとれていることがわかります。
甘えが充分に満たされない状態が続き、不安や悲しみ・怒りなどの負のエネルギーが“外に向かう”と、他の犬や人に吠えるなど、人や犬と敵対しやすくなる傾向が高まり、結果、他の犬と交流したり、自由に探索行動を行うなどの、社会的活動が希薄になります。
逆に、負のエネルギーを“内に閉じ込めて”しまうと、苦痛を含め、何事にも無関心で無気力になる可能性が高まります。このような状態を心理学の世界では“学習性無気力状態”と呼びます。
学習性無気力の犬は静かで、一見、手のかからない“いい子”に見えますが、幸福感や喜びの感じ方も薄く、危険な心の状態といえます(脅したり、暴力をふるったり、厳しすぎるルールやしつけ・トレーニングによる行動抑制を続けると、学習性無気力に陥り、行動が改善されたように見えることがあります)。
おわりに
あなたの犬が外の世界に興味を持ちはじめたとき、再び依存の世界(甘え)に戻ってきても、それは以前とは違う要求(甘え)である可能性が高いことを意識することが大切です。あなたの知識や経験、愛情などを最大限に発揮させ、注意深く対応していきましょう。 愛情表現は撫でたり褒めたりすることもよいですが、微笑みや頷きなど、表情とエネルギーで伝えることもできます。
犬が幸せに生き、犬も人もよりよい毎日を送るために、犬のサポート役になれる人が今以上に増えていくと「世界が少し変わるかもしれない」と思うのですが、どうでしょう。
まとめ
①子犬は母犬に“甘える”ことで“安心感”をもらい健全に成長していく。
②母犬の傍にいることに“不自由”を感じ、自由に動く意欲が芽生える。
③自由な活動を開始すると“漠然とした不安”に襲われ、“甘え”の世界へ戻る。
④母犬に優しくされることで安心感をもらうと、再び外の世界へ向かう。
⑤外の世界で課題に直面し、“具体的な不安”が生まれ、また甘えの世界へ戻る。
⑥課題の解決法を母犬などから教わり、外の世界でも安心して過ごせるようになる。
⑦人間は常に優しくすることだけで安心させようとする
⑧課題解決法がわからず「困った行動」が起こりやすくなる。
⑨犬にチャレンジさせ、見守り、成功するようサポートすることも大切。
◎『With a Dog』は犬の認知行動療法と飼い主のコーチングという“心理学を軸”としたドッグトレーニングを行う立場から、ヒトと犬の心と行動の関係についてお伝えしています。
この記事は初出2017年11月10日『犬の心を育む8~「甘え」から生まれる信頼関係と社会性の発達』(「犬のココカラ」掲載)を大幅に修正しました。
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@ル・ブラン湘南
白田祐子(しらたゆうこ)
プロフィール:日本心理学会認定心理士。ヒトと犬の心と行動カウンセリングラボ「ル・ブラン湘南」代表/ドッグカウンセラー。
1990年代から犬の行動や心理を独学し、保護施設などでしつけのボランティア活動を開始。現在のパートナーは2005年生まれの雑種の女の子で名前は“うり”。
大学で心理学を専門的に学び、人と犬の関係や犬の心の成長の研究を行い独自のメソッドを確立する。2013年にパーソナルドッグカウンセリングを開始。人と犬のパーソナリティを重視したコーチングは特に多くの女性に支持されている。
里親制度の普及や地域行政と連携した“犬のしつけ”相談業務など、教育、行政、法律と多方面で人と犬の問題に向き合っている。
愛玩動物飼養管理士、ホリスティックケア・カウンセラー、ペット災害危機管理士、小動物防災アドバイザー、猫防災アドバイザー他、ペット関連資格多数。2014年より神奈川県動物愛護推進員、湘南ビジョン大学講師。2019年よりFM83.1Mhzレディオ湘南にレギュラー出演中、2022年4月(毎週金曜16:00~16:30)から新番組『radio cafe犬とあなたと珈琲と。』がスタート。