電車好き犬Vo.2~幸せのカタチ
こだわりポイント
今日も、うりお気に入りの「江ノ電ビューポイント」にいる。
視線の向こうは、延元二(1337)年から連綿と続くお寺の境内。本堂の背後には神奈川県唯一の本式木造五重塔がそびえる。いや、「そびえる」より「うもれる」が正しいか。
五重塔に向かう途中は台湾リスにギーギーと威嚇されるし、夜にはハクビシンがササッと横切り(彼らはそのあと、必ず立ち止まってこちらを振り向く)、響く美声は中国原産のガビチョウ。貴重な建物なのに、あまり大切にはされていないらしい。そこは外来種の森。
大銀杏の向こう側、こんもりと茂る小山の隙間から仏舎利塔が夕陽色に光る。きっと空には伝説の龍と龍が恋した弁天様がいるのだろう。
いつもの犬、いつもの人
もはやここでは「いつもの犬」「いつもいる人」と、思われているかもしれない。
うりは完全に伏せ姿勢のスフィンクス状態なので「どうしたの?疲れたの?」と、声をかけて行き過ぎる人も多い。
本当は違うけど。声をかけてくれた人と目が合ったときは、笑顔でうなずく。いつでも正しい答えを必要としないことは経験的に知っている。
なかには「何を見ているの?」と、立ち止まって聞いてくる人もいる。こういう人たちはきっと、周囲には目もくれず遠くに視線を馳せる、うりの表情に引き寄せられるのだと思う。うりはいつも「瞳が印象的」と言われるから。
時間のネジを巻き戻す
立ち止まって、うりに興味を示してくれた人には「江ノ電待ちで」と、ちゃんと答えるようにしている。
そうすると、たいてい「あらー面白い」って笑顔になって、「昔、飼っていた犬も好きだったのよ」「息子が小さい時に大好きで、いくつもオモチャを買ってあげたわ」「亡くなった主人は運転手をやっていたのよ」と、会話が広がる。
みんな、懐かしそうな、慈しむような、深く豊かな表情で、うりの姿のその向こう側の、その人にしか見えない何かを見つめる。
巻き戻された時と「いま、このとき」が、重なる。小さな幸せを一つ差し出したような、貰ったような、うりと江ノ電が繋ぐ時間。昼間と夜の境目の曖昧な時間が、周囲の気配をふっと消す。
恋は片道切符でも
警報音が鳴る。「電車接近」と電飾文字が赤く光る。ここに踏切はない。人が止まり、車が止まる。急いてはいけない。
江ノ電がゆっくりと横切る。
「本当に見てる」と、グレイヘアの素敵な女性が笑う。そして、立ち上がりそうもないうりを見て「もしかして往復見るの?」と問う。そう、1分後には反対側からもやってくる。うりはそれを知っているので、片方行っても「次が来るから」と、決してその場を離れない。
One wayなんて No Way!
確かに人生の分岐点、もし、右に行くか左に行くか迫られたとき、とりあえず、どちらかに進もう。そして、間違って進んだなら、今の場所に戻ってくればいい。片道切符で突き進む強さをみんなが持っているわけじゃない。
復路の切符をポケットに入れよう。わかれ道を怖がらず進むためにも。
文とうりの写真・白田祐子